五常を異なった視点から捉えるための覚え書き

以下の説明を読み、すんなりと理解していただけるのは、私の講義に出席された方と最新刊『基礎から最高峰を目指す四柱推命の本』の読者だけでしょうが、あえて、現状ではまだ少部数しか世の中に流通していませんので、読者の対象が少ないことを承知の上で、こうした形で情報を発信することにしました。

人の生まれながらの素養はすべて同じはず

今回は、ふと思い付いたことを書き記すことにしました。

そのきっかけは「すべての人に共通して生まれつき五常は備わっているだろう」と思い付いたことです。私の言う五常の概念については、古典にいわれていることと異なりますので、基礎から最高峰を目指す『四柱推命の本』をご参照していただきませんとご理解していただけないと思いますが、人間である以上、等しく同じ素養を備えていなくては、生物学的にもおかしいのではないと思ったのです。

つまり、金の作用が強く、冷徹・冷静な人であっても、人間である以上、生まれながらにして、情緒的な部分も備わっているはずで、ただそれが表に出てこないだけではないか、と考えたのです。

では表に出ない理由は? と考えますと、次のような機序しか思い付かないのです。

剋による矛盾により五常も矛盾・対立する

繰り返しますが、すべての人には、等しく木火土金水の作用による五常が備わっていると考えることが大前提です。

現在、日干の近傍に庚辛金がありますと、その人は、冷徹・冷静な人であって、情に流されることなく、ある意味、冷たい人であると見ることになります。

この見方は、庚辛金が「ある」ということにのみに注目して事象を述べていますが、すべての人に木の五常の示す情緒性も必ず備わっているとするなら、次のように考えることもできます。

庚辛金が「ある」ことにより、木は剋され、本来備わっているはずの木の五常の作用が抑えられているのではないか。

では、日干の近傍に庚辛金も甲乙木もある場合はどのように考えればいいのでしょうか。この点については基礎から最高峰を目指す『四柱推命の本』にも多少触れていますが、冷徹・冷静さと相反する情緒性の混在が発生し、矛盾や葛藤が存在すると見ることになります。

くだいた表現をするなら、「やさしい面もあるが、同時に非情」といったことです。

なお、このコラムで使用している「矛盾」は哲学用語で、一般の語彙とは若干異なります。そして、冒頭に述べましたが、このコラムはあくまで覚え書きでしかないことをご理解ください。

※上記の説明には、本書独自の蔵干の考え方と、格局に代わる」「旺の逆転」という視点が含まれています。詳しくは、基礎から最高峰を目指す『四柱推命の本』を参照してください。

2014・8・23

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